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小型底びき網漁業


山口県漁協田布施支店
西原 清さん

「まあ、好きでなきゃできん仕事じゃわなー」

山口県の南東部に位置する田布施町。
この町にある山口県漁協田布施支店は、柳井市から光市へと抜ける国道188号線から、ほんの少し入った入江にある。
西原さんはここの正組合員(※)で、漁業の盛んな牛島(うしま)生まれの51歳。「漁師以外は考えたことがない、という。
決して楽な仕事ではない。
それでも、いい顔で笑える。
「好きじゃけぇできるんよ。」
そう続ける。
10年前に比べれば、水揚げは随分減ってしまったというが、それでも1日で10万以上揚げて、にんまりすることもある。
「今日の揚がりをもらっちゃってもええか?」とか何とか奥さんに言いながら、漁師仲間と飲んだりもする。そんな“漁師”の日常…。
西原さんの言葉を借りながら、このサイト上で、しばしご体験ください。

漁師さんのうんちく話

■漁師の条件
漁をするには、漁場や休漁期についてなど、たくさんのきまりがある。漁協の組合員となることにより、漁業権に基づいた漁業が行える。また漁業をするには、許可が必要な漁種もある。組合員には正組合員、準組合員の2種類があり、出資金などが異なる。

1. 朝の風景(港から)

辺りは真っ暗だ。
人気はまだない。
しかし、港は常夜灯に照らされて、つながれた船が微妙な色に浮かび上がっている。
港に人影が見え始めるのは、早い時で午前3時半。遅くても5時前だ。
“漁師の勘”というやつで、前日までには翌日の海の状況は大体予想がつくというが、それでも微妙な日は、ドラム缶で焚き火しながら皆で海の様子を見る(※)という。
そのまま漁に出られればよし。
出られなければ、その場で弁当を広げて、酒が入ったりもするらしい。
なんとも自然任せというのは、不思議な余裕をくれたりもするものだと思う。
「おはよぉさん」
取材当日、12月16日。
この日、最初の人影は午前4時過ぎに動き始めた。

2.出港準備

出港前には、
前日の漁で捕った魚のうち、船内の生け簀や、籠に入れて海に入れておいたものを引き上げて陸に揚げる作業がある。
作業には途中から奥さん達も一部参加し、手際よく、揚げた魚を受け取っていく。
イカの墨抜きも、出港前の船上で行う仕事の一つだ。割り箸ほどの棒をしたから差しいれると、少し緑がかった墨が吹き出す。それをきれいにトロ箱に並べ入れ、作業場で水をかけてきれいに洗う。
その先は、奥さん達や市場に入る係の人に引き継がれていく。
そして船の上。船や網の点検も手早く行う。
漁場についたらすぐに漁が始まる。
海底を引く鉤つめ部分が折れたりしてないか、網は破れてないか…。
確認が終われば出港だ。

3.出港

出港は午前5時ごろ。
準備の終わった船から、1隻、また1隻と、港を後にする。今日の漁場は、田布施から九州方面に1時間半。姫島の北の辺りだ。思ったより遠い。が、遠くに出ないと魚は捕れないという。
船が切っていく空気は、刺すように冷たい。ゴム製の作業着や、重ね着の工夫がなければすぐにも凍り付いてしまいそう…。
移動中は、さながらオープンカーで舗装の悪い道路を走りぬけるようなもの。波に船体があたって跳ねる上下の動きが、大きく体を揺らす。座っていると、いすにしているクーラーBOXから落ちそうだ。
一方、立ったままで船を運転する本人は、足を取られることもなく、じっと船の進む先を見据えている。
「船酔いも、まぁ“慣れ”だなー」

漁師さんのうんちく話

■もうひとつの市場
奥さん達のもうひとつの仕事が、調理した魚を市場に出すこと。エビや白身魚のフライなど、スーパーなどでもよく見かけるものを、ここでは奥さん達が作り、パックして、交替で市場に出している。漁協には専用に保冷車も入り、安定供給ののために共同運営している。

4.市場

魚市場が開かれる場所は、
田布施漁協から車で20分ほど。トラックが市場に入ったのは朝6時過ぎだ。辺りは薄明かり。日はまだ昇らない。市場にはそろそろトラックが集まり始めたところだ。
市場の人達が、荷降ろしされてくる魚を計り、名札をつけて、平らな籠に並べ替えていく。その流れがせわしくなり始めたのは6時半を回った頃。大きなトラックも到着し、次々と魚の入った箱の山ができていく。
競り場にも1面に籠が並び、入りきらない籠が更に外側に続く。競りの始まる7時ごろになると、魚を買い付けに来た人達が、競り場を囲む台の上に立ち並んだ。
「○○○○○○○○○!」
競りの第一声が響く。始まってしまえば、めまぐるしい手の動き。一籠にわずか数秒。
所狭しと並んだ籠が、次々と競り落とされていく。

5.漁場探し

漁場は、大きくは季節によって異なり、
その日の漁場は漁協の仲間で大体確認されている。たとえばこの日は、「姫島の北辺り」というところまでは決まっていて、同じ漁協の船が数隻、同じエリアで操業していることになる。
それでも、漁獲高には船によってかなり差が出るのだ。「人よりたくさん魚を捕ろうと思うたら、努力がいるんよ」西原さんは言う。もちろん、人より長く漁をするとか、人より多く漁に出るというのもあるだろう。しかし、それには漁の時間制限など、決まりごとによる限度もある。
魚のいそうなところにどうやって当たりをつけるか。船に装備した探索用の機器(※)や、勘を頼りに網を入れる漁場を決めていくことも、漁獲を上げるには重要なノウハウの一つなのだ。

漁師さんのうんちく話

■漁船のハイテク
GPS…海図の中で、自分の船がいったいどこにいるのかを表示する。漁業海域の端までくると、監視船が現れることも。レーダー…自分の船の近辺にいる船や、島などを探知する。ぶつかって事故など起こさないように!魚群探知機…網が進む海の中の、魚の位置を表示させる。

6.漁・船の上の仕事

漁場を定めると、いよいよ漁の開始だ。小型底引き網漁は、船尾に取り付けたアームから、袋状の網を引いていく漁だ。網には、海底を掻く爪が取り付けられ、海底を掘り起こしながら、1時間弱の間船を走らせる。

  1. 網入れ…漁場を定めて網を海に入れる。
  2. 網を引く…いったん網を入れたら、約1時間の間はそのままゆっくり船を走らせる。この間に前回の分の選魚を行う。
  3. 網上げ…魚探で確認しながら、適当なところで、網を巻き上げていく。
  4. 袋開け…そこを縛って袋状になった網の、その底の部分を開け、魚を甲板に広げる。その後すぐにまた次回の網入れをしておく。
  5. 鮮魚…網を引く間に、捕れた魚を種類ごとに分ける作業をする。

網上げから次の網入れまではわずか10分程度。これを1日に7から8回程度繰り返す。船の上では網を引く時間が貴重だ。食事も休憩もこの時間をうまく使う。 また、船の上で魚を開いて干しておいたり、という作業もできる。たばこを吹かしながら海を眺めたりするのも、漁獲を待つこの時間なのだ。

漁師さんのうんちく話

■船の上の会話
通常、漁に出ると船の上には自分一人。船を操るのも、網を入れるのも、選魚の作業も一人でこなす。腰を下ろして煙草を吹かしていると、不意に無線から、割れた大声。聞きなれた声が漁の様子を尋ねる。四方に海を見渡す船の上で、唯一、たわいもない会話を交わせる手段だ。

7.入港・水揚げ

日が西に沈み、辺りに薄闇がかかり始めるころ、船が1隻、また1隻と港に戻り始める。船倉には今日の漁で獲れた魚が詰まっている。小型底引き網漁で捕れる魚は、季節や漁場によっても異なるが、カレイ、ヒラメ、タイ、イカ、エビ、ハモ、ゴチなど種類も多い。
港に入ると、網を引きながらの作業できれいに分けられたの魚を、まずは手際よく船倉から引き上げていく。中にはそのまま網籠に入れて海に入れておくものもあるし、冬は痛みにくいので、魚種によってはそのまま箱に入れて朝を迎えるものもある。 同じく港に入ってくる漁師仲間と「大漁だ」「不漁だ」と言葉を交わし合いながら、そうこうするうちにすっかり暗くなった港に、朝とは違った活気が満ちていく。

漁師さんのうんちく話

■うれしくない水揚げ
底引き網漁では、網を引くうちに、いろいろなものがいっしょに上がってくる。陸地から流れてきたものらしい流木や小石などはもちろん、誰かが捨てたごみやペットボトルなどが引っかかることも少なくない。魚が上がれば儲けになるが、こういう物がたくさん上がっても、かえって網が破れる被害になるだけだ。まったく出会いたくない水揚げだ。

8.はまかけ・翌朝の準備

船倉から魚達が姿を見せはじめると、
やはりどこからともなく猫達の姿。そして、朝にはいなかった見慣れないトラックが止まっている。入港一番の取り引き「はまがけ」のためにやってきた商人だ。
はまがけのメリットは、市場まで出かけていく手間と、市場に出すための手数料、そこからの送料などがかからないこと。その分、市場での取り引き値の7掛けほどに漁価は落ちるが、手間を考えればトントンだという。
また、はまがけはいわば定量取り引き。仕入れる魚種や金額もだいたい決まっているので、大漁でも不漁でも、時化の日でも漁価に大きな変動はない。陸で言えばルートセールスのようなものかもしれない。「はまがけ」と「市場」、最近では漁協によっては通信販売などに力を入れているところもあり、魚の流通ルートも多様化している。
やがて、商人たちがのトラックが引き上げるころには、市場用の魚が陸に揚げられる。共同作業場に大きな冷蔵庫が設置してあり、魚達はこの中でまた明日の朝を迎えるのだ。

漁師さんのうんちく話

■魚の値段ランキング
田布施で扱う魚種のうち、魚の中で最も高い値がつくのは、クルマエビ。それに次ぐのがワタリガニだ。市場値だと、クルマエビがキロ1万円程度、ワタリガニがキロ7千円程度。はまがけの場合はその七掛け程度ということになる。また、魚価の安定したはまがけに比べ、市場では時化の日には値段が跳ね上がるのが普通だ。

9.時化の日の仕事

雨が降っていなくても、
漁に出ることのできない日もある。そんな日にも、漁師さんが1日のんびりしているというわけではない。漁に欠かせない網は、流木などで破れることもしばしば。船も大事な商売道具。メンテナンスを怠ると痛い目を見る。
だから、時化の日は大事なメンテナンスデーになるのだ。網の目を細かくチェックして、破れた箇所があれば、竹で作った編み棒で、巧みに編み込んでいく。
さらに、船室部分の下にあるエンジンルームに入り、オイル点検をしたりもする。時には網の先についた鍵爪の修理に、溶接作業が必要になることもある。独立した漁師は、それらすべてのことを一人でやってのける。
漁についてだけでなく、船についても、漁師はスペシャリストなのだ。

10.休日の過ごし方

小型底引き網漁の休漁期間は、
4月20日〜5月10日までと、9月20日から10月3日まで。それと、毎週の土曜日が通常の休みとなる。家の裏手で干物用の竹串を作ったり、港の方に出かけては漁師仲間と話し込んだり…。漁師が集まれば、やはり話題は漁のこと。魚のこと。そうこうするうちに酒が入ったりもする。子供がいれば、ゆっくり相手ができるのは土曜日になるのだろう。
一方、長期の休漁期間は、漁師にとっては唯一、予想できる連休となる。この間に家族で旅行に出たりもするし、結婚などの祝い事もこの時期が多い。
また、船のオーバーホール等、大々的な修理にこの期間を利用することもある。

11.漁師仲間

田布施漁協の正組合員は現在46名。
底引きの船が6隻と、他に、沿岸域で漁をする建網の船が多い。どちらも朝早く出て、日が落ちるころに漁が終わる。昼夜逆転の形態でないので、休漁の日などもサイクルが乱れることはない。漁のない日も、港に海の様子を見にきたといって、缶コーヒー片手に世間話。漁協の建物でストーブを囲んで、漁価の話題…。
港は漁師さん達のコミュニケーションの場だ。ここには知らない顔はない。同じ漁協の仲間同士、肩を張って言葉を飾ることもない。もちろん、新たにその中に入っていくには多少のぎこちなさも生まれるかもしれない。しかし、入り込んでしまえば、みんな開けっぴろげで気のいい人たちだ。
田布施では、漁師さんの平均年齢は61歳だという。定年はない。自分で続けられると判断する限り、漁はできる。しかし、新しい力がほしいという切実な願いがあるのも確かだ。

漁師さんのうんちく話

■漁師は酒飲みか?!
大漁といっては飲み、不漁といってはまた飲み…。もちろん人にはよるが、漁師にはやはり酒好きが多い。時化の日などは、朝・昼・晩と飲むこともあるという。これが祭りの日や宴会の席ともなれば、もはや“つけもの”状態。1日に3升飲むという強者もいる。酒を飲むときはこころゆくまで飲む。それが漁師の飲み方だ。

12.お宅訪問

西原さんは牛島出身。
漁が今よりもっと盛んだった時代、漁師の家に生まれた。船の数も多く、漁師以外の道を考えることもなかったという。そのまま牛島で漁師になり、20歳ぐらいになって島を離れた。島でお嫁さんを見つけるのは難しかったからだという。
25歳で、念願かなって結婚。お相手は、漁師とはまったく縁のない、サラリーマンの家庭で育った人。奥さんは当時22歳だった。「結婚してから、やられたと思うたよ」とちょっと苦笑顔の奥さん。しかし、今や3人の息子さんたちも上は25歳、下は19歳。
33で自分の船を買ったという西原さんの家庭は、今はしっかりと地に根づいている。一緒に暮らす愛犬とご自宅の前での3ショット。
やはり、いい顔で笑える人だと思った。

13.船と道具

漁師の仕事に欠かせない道具はいくつもあるが、その最たるものはやはり船と網だろう。小型底引き網漁で使われる船は5トン未満程度の小さな船だ。それでも1隻の船を購入するのに1千万円はかかるという。しかもそれに必要な設備や道具関連が追加される。レーダーや魚群探知機、GPS。網とそれを引くアームなど、必要なものをそろえると、最終的に必要な額は約2千万円。これがいわゆる開業資金に当たる。
また網は、狙う魚種や時期などにより3種類ある。しかもたいていは2本ずつの網を持つので、かなりの量だ。漁協にはこうした網をしまっておくための共同の倉庫があるが、中はすでに網でいっぱいだ。
その他、日々の仕事の中で使うトロ箱や籠類、網や船自体の修理のためのツールなどが、主な道具だ。

漁師さんのうんちく話

■船の名づけ方
船の名前には、好まれる言葉や文字がある。「恵比寿」「住吉」など海や商売の神様にちなんだもの、「栄」「宝」のようなよい意味を持つ字などがそれだ。また、姓と名の頭1字を採った「新吉丸」のような名前や、大々家族の名前に多く使っている字などを組み合わせて「長栄丸」というような名づけ方もある。